東大を目指す受験生の方々は、もう直ぐ夏休みで必死に勉強しているところだろう。
高校1・2年生でも中には東大に向けて一生懸命勉強している人もいる。
そのような人たちは、実際に自分が大学に合格したあとにどのような講義が待っているのか、実際の時間割がどうなっているのか、想像したことはあるだろうか?
東大志望者の中には、実は東大の講義の様子などの学生生活のことをあまり知らない人もなかにはいる。
そこで今回は、東大理科一類の私が、実際に1年生の前期にどのような時間割で講義を受けていたのかをご紹介する。
勉強の合間の休憩がてら、実際の東大の時間割を見て、自分が合格後に大学で講義を受けているところを想像することは、モチベーションにも繋がる。
ぜひこの機会に、東大の学生生活について知っておこく。
実際の1年生の時間割
早速、私が1年生のときの時間割をご紹介しよう。
上の時間割で、黄色に塗りつぶされているものが理科一類の「必修科目」、緑色が「総合科目」である。
それぞれの科目については後で詳しく説明しよう。
東大では一年間に二つの学期があり、前期(4〜7月)は「Sセメスター(Sセメ)」、後期(10〜1月)は「Aセメスター(Aセメ)」という名前がついている。
さらに各セメスターは二ヶ月ごとに「ターム」というもので区切られ、例えばSセメの前半(4、5月)は「S1ターム」、後半(6、7月)は「S2ターム」のように呼ばれている。
上の時間割は私の1年生のSセメスター(略して1Sと言われる。「S1ターム」と紛らわしい!)の時のものである。
同じ曜限でもタームごとに違う講義に切り替わるものは両方書いておいた。
必修科目
上の時間割の黄色いマスを見ていただければよく分かるように、1年生は講義の大部分が必修である。
今回は理科一類の講義を紹介するが、科類に関わらず、入学後はまず大量の必修科目が課されるのだ。
ご存知のように、東大には「進振り(進学選択)」制度があり、2年Sセメスターまでの総合成績がいい人から順に好きな学部に進学することができる。
たくさんの必修科目のどれか一つでも落単してしまえば、進学選択において大きなウィークポイントになるだけでなく、学部進学、すなわち3年生への進級すら危うくなってくる。
受験に合格しても息をついている暇などなく、1年半後の進学選択という戦いに向けて、大量の必修科目と戦うことになるのだ。
しかし、東大受験を乗り越えることができた人にとっては、きっと不可能なことではない。
それでは、各必修科目を一つずつ見ていこう。
なお、講義の曜限に関しては、科類や入学後のクラスによっても変わるため、参考程度にしていただきたい。
数理科学基礎
理科一類では、前期課程の間に、微分積分学と線型代数学という二つの分野の数学を必修で学んでいくことになる。
この数理科学基礎というのは、この二つの分野をはじめ、これから大学で数学を学ぶにあたって基礎となる内容を身につけようという講義である。
一部初めて学ぶこともあるが、この講義で学ぶ内容の大部分はまだ高校数学の延長である。
まずはこの講義で、大学での数学の講義というものに慣れよう。
数理科学基礎演習
数理科学基礎で学んだ内容を、実際に問題を解きながら身につけていこうという講義である。
授業形式としては、まず何題か問題の書かれたプリントが配布される。
前半の問題は講義の復習のような感じでまだ易しいが、後半にいくにつれてかなり難しい問題になっていく。
講義の最初に、特に注意が必要な問題に関して教授が解説した後は、その一コマを使って基本自力で問題を解いていく。
講義の形式上、プリントをもらってすぐに帰っていく人も一定数いる。
しかし、講義中わからない問題については、教授や、教室に何人か待機しているティーチングアシスタント(TA)と呼ばれる人にどんどん質問をすることができる。
あまり大学数学に自信がないという人は、やはり早退せずにそういった先生方を有効活用すべきだろう。
微分積分学①
2ヶ月間かけて数理科学基礎で基本を再確認したら、残りのS2タームからAセメスターの終わりまで、微分積分学と線型代数学をやっていくことになる。
微分積分学は、その名の通り高校で習った微分積分をさらに詳しく扱っていくのだが、これがまた大変である。
最初はなんと基本的な四則演算の法則をきちんと定義するところから始まる。
そしてそこから出発し、ものすごい量の定理や命題を順に証明し、それらをフル活用して、実数とは何かを再確認したり、極限
というものを厳密に定義したりしていき、やっと微分積分までたどり着くのだ。
微分積分という概念がどのようにできていったのか、まさにその発展の歴史に沿って勉強していくのである。
講義中は、教授が大量の定義や定理、その証明をひたすら解説しながら黒板に書いていく。
予習復習が不十分で講義内容が分からなくなると、とにかくひたすら手を動かして板書を写す機械になってしまう。
そして進んでいくスピードもものすごく早い。
演習の時間を活用しながら、順番にしっかりと身につけていこう。
これは体験談だが、油断して日頃の勉強をサボると、試験前にかなり辛い目を見ることになる。
線型代数学①
線型代数学では、まずは高校で学んだベクトルについて再確認する。
次に、それを拡張した「行列」(横(縦)ベクトルを縦(横)にいくつか並べ、数字が四角形に並ぶようにしたもの)について、普通の数字とは違う、独自の四則演算の方法を決める。
行列の計算を使うことにより、色々な複雑な計算がうまくできてしまう場合があるのだ。
微分積分学と違い、今まで全く習っていない新しい内容になってくる。
授業の形式は微分積分学と同じなので、やはり演習が重要である。
ただし、私の感想としては、ちゃんと勉強しさえすれば微分積分学よりも分かりやすいので安心してほしい。
数学基礎理論演習
S1タームの数理科学基礎演習と名前が紛らわしいが、こちらは微分積分学と線形代数学の演習が隔週で交互に行われる講義である。
講義でよくわからなかったところなどは、この時間を活用してTAに質問するなどしておこう。
熱力学
数学の次は、物理学の講義を紹介しよう。
熱力学は理科一類だけの必修科目である。
理科二類・三類では、代わりに「化学熱力学」という必修科目が課される。
その内容は、高校物理で学んだ熱力学の分野を、さらに詳しく学んでいくものである。
エントロピー(簡単に言えば、物体がどれだけ「散らかっているか」を表す量)というものなどを導入しながら、物理によく出てくるエネルギーというものについて考えていく。
東大を目指す皆さんは知っているかもしれないが、高校物理では微分積分は一応使わないということに決まっている。
しかしこの講義では、最初から微積をフル活用して話が進んでいく上、「偏微分」という数学の手法がかなり序盤から登場する。
この偏微分は、のちに微分積分学で詳しく勉強するのだが、習う前に熱力学で登場してしまうのである。
教授もその辺りのことは把握しているので、簡単な説明をしてくれるかもしれないが、余裕があれば自分で勉強を進めておくのもいいだろう。
熱力学に限らず、多くの東大の講義(特に選択授業)において、生徒がある程度の知識を持っていることを前提として話が進んでいく。
そこを知らない人に合わせて講義をしてくれる場合は少なく、知らないことはどんどん自分で勉強していかなければいけないのだ。
力学A
この講義では、高校物理の力学分野をより詳しく学んでいく。
熱力学と違い、高校物理の内容がしっかり身についていれば、それが少し複雑になった程度なのであまり苦労しない。
ただやはり熱力学と同様に、序盤から微分積分を使っていく。
大学物理で使う微分積分の計算のしかたは、高校数学の微分積分と比べると少し特殊で、慣れないと何をしているのかわからない時があるので大変である。
加えて、力学でもテイラー展開など、のちに微分積分学で学ぶ未習の内容が出てくる場合がある。
わからないところは自分で力学や、場合によっては数学の教科書も見ながら確認しよう。
英語一列、英語二列S
次は英語だ。
英語一列は、指定の教科書の英文を読みながら、内容をより理解するための問題を解いていくというものである。
いわゆる、高校のコミュニケーション英語(この名前が私の出身校以外でも同じかは分からないが…)のような授業である。
試験は1年生全員共通のマーク式試験で、あまり難しくない。
文章自体も難解というわけではなく、東大に受かった人にとってはかなり退屈な講義かもしれない。
こういう講義に限って出席を取られるのが悲しいところである。
せめて、他の科目も忙しい試験期間に時間を割かなくてもいいように、授業中に可能な限り単語などを覚えてしまうといいだろう。
英語二列Sは、英語で議論する力を身につけることを目指す講義である。
形式は教授によって違うようだが、私の受けた講義では、毎回様々な統計データが与えられ、それが示す内容について周りの人と議論をするというものであった。
この講義は、各生徒の英語の能力に応じてレベル分けがされている。
入学後すぐのガイダンスで、自分の英語のスピーキング力を自己評価して希望のレベルに申し込むのだが、その時に自分の英語
力を過大評価して高レベルで申し込み、まわりに帰国子女と留学生しかいないクラスに入ってしまって苦労していた友人がいる。
本気で英語力を身につけたければ高レベル、あまり英語の講義の準備に時間を割きたくなければ低レベルで申し込んでおくといいだろう。
私がこの講義で一番辛かったのは、毎回、授業後に自分がどれだけ積極的に参加できたかを振り返り、それをカメラに向かって
数分間スピーチして録画(録音ではなく、録画である)し、教授に送るという宿題があったことである。
毎週、家で一人で英語のスピーチをし、しかもその様子を自分で録画して教授に送るのはかなりの苦行である。
別の教授の授業を受けていた友人は、あるテーマについてスピーチしている様子を録画し、それをYoutubeにアップロードするという課題が出ていた。
聞くだけなら笑い話だが、実際自分にそんな宿題が出てしまったら、たまったものではない。
とまあ、そんな講義である。
英語中級
これも英語の講義であるが、正確にはこれは必修ではない。
東大では、進学選択に参加し、前期過程を終えるために、必修の他に各分野の講義をそれぞれ数単位ずつ履修しなければならないという条件がある。
必修の他に、その条件を満たすように自分で選んで履修する科目を総合科目という(詳しくは総合科目のところでまた述べる)のだが、英語中級は総合科目のL系列というものに含まれる。
しかし、L系列に含まれるのは、英語中級・上級という講義の他は、全て他の初習外国語の講義である。
ただでさえ必修科目として英語以外の初習外国語の講義がある上に、さらに別の言語の講義を取るのは、言語に興味がある人でなければなかなか大変である。
そんなわけで、大部分の人がL系列からの必要単位を満たすために英語中級(上級)を履修しているため、ほぼ必修のようなものと扱わせてもらった。
英語中級は、上の英語一列・二列とは大きく異なり、教授によって内容が全く違う。
英語の能力を向上させるという目的は共通だが、それぞれの教授の趣味や専門を中心に講義が行われ、生徒も各内容を事前に調べて、興味のある講義を受けることができる。
全生徒が好きな講義を選べるため、人数が多いと履修登録の段階で抽選が行われるので、第一希望の講義に入れるかは運次第だが。
私が1Sセメスターに受けた講義では、教授のお気に入りの英語の推理小説を題材にして、その実際の英文を教授がひたすら解説するというものであり、とても楽しかった。
大変な宿題や予習復習があまり課されなかった点も高評価である。
フランス語一列・二列
前述の通り、東大に合格した人は全員、必修で英語以外の初習外国語を一つ学ぶことになる。
東大に合格するとすぐ、合格通知書や各種書類とともに、どの第二外国語にするかを選ぶ資料が送られてくるのだ。
フランス語はアルファベットで書かれるため、ロシア語などのように文字を覚え直す必要がなく、また英語と綴りが近い単語も多いため、知らない単語でも英語からの類推でなんとなく意味がわかったりする。
一方、文の構造は英語とは全く違ったり、非常に複雑な動詞の変化を全て覚えなければならなかったりと、一長一短である。
正直なところ、私がフランス語を選んだのは、なんとなくおしゃれだからという程度の理由である。
どの初習外国語を選んでも難易度にそこまで大きな差はないので、安心して自分の興味のある言語を選んでほしい。
情報
高校の情報の授業と大きくは変わらない。
インターネットがどういう仕組みでできているのかということのほか、アルゴリズムやプログラミングの初歩も扱う。
座学的な内容は割と退屈だが、実際にプログラムを組んだりする課題はやっていてなかなか楽しい。
大学では、特に理科一類では、学部進学後にプログラミングの能力は必須に近くなる。
その入門としてはぴったりの授業だ。
身体運動・健康科学実習Ⅰ
要するに保健体育の時間である。
数種目の中から自分がやりたいスポーツを選択し(人が多いと抽選になってしまうが)、数回保健の座学を挟みながら、セメスターの間ずっとやっていく。
私は1Sセメスターにはテニスを選択した。
東大に進学してから明らかに普段の運動が減っていたため、体力的にはかなり疲れるが、やはり体を動かすのは楽しい。
テニスの他には、一番人気のバドミントンに、ソフトボール、サッカー、バスケ、バレーなど一通りの種目が揃っている。
AセメスターにはSセメスターと別種目を選んでやることになるので、各種目の人気度も見ながらSセメではどれをやるか考えると良いだろう。
初年時ゼミナール理科
略して「初ゼミ」と呼ばれるこの講義は、Ⅰ年生のうちに学部進学後に所属する「ゼミ」での学習を体験しておこうというものである。
こちらも抽選で各教授のゼミに参加し、その教授の専門の内容について、実際のゼミのように学んでいく、というものらしい。
らしい、というのは、私の入ったクラスは少々特殊だったためである。
基本、初ゼミの授業は生徒同士のディスカッションや実習がメインとなるようだが、私のクラスではいつもの講義のように、教授が自分の専門の内容をひたすらホワイトボードで解説していた。
その内容も一年生にとってはとても難解で、正直あまりついていけなかったが、まあこの講義はきちんと出席して参加したかどうかの合格・不合格での評価であり、点数がないため進振りにも影響しない。
とりあえず、きちんと出席しておくことが重要なのだ。
総合科目
ここまで長々と必修科目について書いてきた。
ここからは「総合科目」について説明しよう。
前述の通り、前期課程を終えるためには、必修の科目の他に総合科目というものを自分で選んで取ることになる。
総合科目はその分野ごとにA,B,C,D,E,F(,L)という系列に別れていて、それぞれから何単位取らなければいけない、という条件が科類ごとに決まっている。
理科一類を例にとってみると、
- A〜D系列の中から、2系列以上にわたって6単位以上(つまり、例えばA系列だけで6単位、は無理ということ)
- E,F系列から、2系列にわたって6単位以上
- L系列から3単位以上(多くの人は英語中級で回収)
となっている。
2年Aセメスター終了時にこれだけの単位がなければ、残念ながら後期課程に進学することはできない。
とはいえ、1年生の間は必修が多く大変だが、2年生になると総合科目をたくさん履修する十分な時間があるため、心配する必要はない。
ただ、1年生のうちから計画的にとっておけば、あとで焦らなくて済むだろう。
私は、必修の負担も考えて、1Sセメスターには2科目4単位を取った。
みなさんが入学後に履修を考えるときに、各科目がどんなものなのか参考にしてほしい。
ではこちらも順番に解説していこう。
モデリングとシミュレーション基礎(総合科目F)
週2コマある代わりにS1タームだけで終わるという講義である。
具体的な内容は、コンピュータでのモデリング・シミュレーションが現代社会でどのように使われているかを知る、というものである。
オムニバス形式に近い講義で、成績評価は出席と期末レポートである。
内容自体もとても面白い講義で、前提知識もあまり必要とされないため私のオススメである。
ただし、一部、金融市場に関わる回だけはやたら難しいので、そこだけは少し気合を入れて講義に出るとよいだろう。
基礎統計
今思うと、私は1Sセメスターに総合科目はF系列しかとっていなかったらしい。
高校数学では適当に飛ばされがちな、データの分析のあたりをしっかりと学ぶ講義である。
東大の講義では、特に理科一類では実験や実習で得られたデータを統計的に正しく処理しなければいけない場面が多い。
しかし、受験のことを考えると、データの分析の分野はやはりセンター試験レベルに留めておくのも合理的であろう。
(もっとも、数学ⅡBのデータの分野は、しっかりと勉強すればセンター試験の選択問題でかなり安定した得点源になるので、勉強して損するということは全くないが。)
なので、東大でのその後の講義のことも考えて、この基礎統計をとって基本的なデータの扱い方を身につけておくことを強くおすすめする。
成績評価は出席と試験だ。
試験は、授業で出てきたデータの計算のパターンをちゃんと覚えていれば、正直、楽勝である。
まとめ
以上が、東大理科一類の1年生の時間割と、各科目の説明である。
やはり時間割の大部分を必修科目が占めていることがわかるだろう。
東大はリベラルアーツを推している。
受験生の方たちも、無事合格し受験から解放された後は、文理のくくりから離れ、自分の興味のままにいろいろなことを勉強したい気持ちになるだろう。
しかし、1年生の間はまだ油断せず、もちろん好きな総合科目を勉強しながらも、まずはしっかりと大量の必修科目を倒してほしい。
1年生のうちに必修科目の単位をきちんと取れば、2年生になって必修が大幅に減り、今度こそ好きな講義を聞くことができるのだ。
そして、必修科目をしっかり勉強し、高得点を取れば、進学選択で自分の興味がある学部に進める確率も上がる。
東大の講義は実際大変だが、本当の意味で学問をしているという気分になってワクワクする。
受験生の方々にも、ぜひ合格してそれを味わって欲しい。