東京大学の2次試験において、地歴の比重は重い。
地歴公民が2科目科される大学は東大くらいしかないし、配点も120点と英語や国語と同じ配点である。
また、それぞれの科目で良質で骨のある論述問題を解かなければならない。
世界史においては、特に600字程度の長い論述が最も特徴的であり、対策は一朝一夕でできるものではない。
これから東大をめざす高校生も、どうすれば世界史の論述が書けるようになるか、頭を悩ませていることだろう。
そこでこの記事では、2020年東大2次試験の解説や各予備校の解答速報を比較するとともに、東大世界史の対策として何が必要かを解説していく。
東大をめざす受験生の世界史の学習の一助になれば幸いである。
総評
第1問が大論述、第2問が小論述、第3問が一問一答という形式は例年通りだったが、多少の変化が見られた。
第1問では、昨年は22行(1行30字)だったが、今年は例年多く見られた20行に戻った。
また、史料を読み取らせる形式は近年出題がなかったので新傾向と言える。
指定語句は例年8つだったが、6つに減少した。
第2問は4行のやや長い論述が復活し、全体の行数も11行から16行に増加した。
第3問は、一問一答が10問で、昨年の解答数11個から1個減少した。
また、1行論述は出題されず、一昨年見られた地図や図版を用いる問題なども出題されなかった。
第1問(大論述/冊封体制のあり方と近代における変容/やや難)
「東アジアの伝統的な国際関係のあり方と近代における変容について、朝鮮とベトナムの事例を中心に、具体的に記述しなさい」
というのが問題文の要求である。
また、3つある史料を、史料番号を挙げたうえで用いることが求められている。
このような出題は初めてだったので、受験生は驚いただろう。
参考までに、2019年九州大学日本史の[1]において、同様に根拠とした史料を示すように求める問題が出題されていた。
今後の入試問題ではこのようなものが増える可能性もある。
東大入試では、2000年第1問に史料を3つ挙げる形式の出題があり、この問題を解いたことのある受験生は、冷静に対処できたかもしれない。
過去問研究の大切さがわかる例である。
指定語句は6つと例年より減っているが、史料を示して使用することが求められているので、解答の方向性が例年よりも自由度が高いといったことはない。
「具体的に記述しなさい」とあるが、どの程度まで具体的に書くか、「朝鮮とベトナムを中心に」とあるが、どの程度他の地域に触れるか、などで悩む受験生が多かったと思われる。
どのように解答を構成していくか解説する。
まず、「東アジアの伝統的な国際関係のあり方」として、中国と周辺諸国の冊封関係を説明する。
この際、問題文の第一段落にあるように、「従属関係を意味していたわけではない」や「国内的な支配の強化への利用」などの要素を踏まえる必要がある。
朝鮮とベトナムの事例を中心に、とあるので冊封の例として朝鮮やベトナムを説明することが必須である。
また、史料Cでは中継貿易で反映する琉球の例が書かれているので、琉球の例もあわせてここで説明する。
さらに指定語句に「薩摩」とあるので、琉球が薩摩に征服され、その後に日中両属関係にあったことの説明を展開していく。
指定語句や史料を踏まえると、朝鮮やベトナム以外にここで琉球について触れなければならないことがわかるだろう。
次に、史料Aでは、朝鮮が明の最後の年号を継続していることや、指定語句にある小中華の思想をもち、清を明の後継と認めていないことが書かれている。
時期を考えて史料Aの内容はここで説明する。
ここまでがおおむね解答の前半部分である。
後半部分では、問題文第一段落の最終文にあるような、ヨーロッパの進出にともなって、東アジアの伝統的な国際関係が変容していくことについて説明する。
指定語句の「条約」は、近代ヨーロッパの主権国家体制がアジアに導入されていった象徴として使用すると判断する。
続いて、指定語句の「清仏戦争」などによって中国がフランスに敗れたことで、ベトナムの宗主権を失ったことを説明する。
また、「下関条約」からは、清が朝鮮の宗主権を放棄したことを連想する。
これらの指定語句に関連する部分の説明に加えて、19世紀の東アジアの動向に大きな影響を与えた日本の動きを説明し、最終的に冊封体制が崩壊したことにつなげればよい。
第1問の大論述をどのように解けば良いのか説明する。
実際に受験生が解答を作るときは、このような解答の大まかな骨子を構想メモに書いてから、解答用紙に答案を作成していく。
このメモの精度で解答の出来が変わってくるので、精度の高いメモを書き、頭の中を整理してから解答を書くことが重要である。
また、問題文の冒頭を読み飛ばし、直接的な要求にしか目が向かない受験生が見られるが、今回も説明しているように、問題文全体を踏まえたうで答案を作ることが大切になる。
指定語句の説明をしているだけで満足してしまう受験生も多くいるが、それだけでは高得点を取ることはできない。
問題文から必要な記述を判断して、指定語句がない部分についてもしっかりと論述する必要がある。
このように第1問の大論述は非常に、要求されることが多く、すぐに書けるようにはならない。
世界史の正確な理解と知識、問題の要求を踏まえて答案を構成する能力が必要である。
世界史の論述対策を始めたばかりの高校生は、まず60字程度の小論述をかける練習を積むと良いだろう。
第2問(小論述/民族の対立や共存/標準)
人の移動による対立や衝突をテーマとしている。
過去問に取り組んでいた受験生なら、似たテーマの2013年第1問が思い浮かんだだろう。
(1)(a)は、民族を特定したうえで前3世紀末がいつなのか分かればさほど難しくないだろう。
(1)(b)は、辛亥革命前の状況はあまり聞いたことがない受験生が多いので、そこについて言及できると差をつけることができたと思われる。
知っている知識をすべて書こうとすると解答欄に収まらないので、優先順位を考えて取捨選択したい。
(2)(a)は、4行の論述問題が復活し、第2問としてはやや長く、要求も多い問題だった。
図版を見て判断する形式だが、図版がスエズ運河であることは東大受験生なら容易に判断できるはずだ。
字数に収まるように、無駄のない記述を心掛け、必要な要素を説明しきれるようにしたい。
(2)(b)は、オーストラリアの白豪主義が成立するまでの過程を説明する。
これも字数に余裕がないので、必要な情報を取捨選択して、スマートにまとめる必要がある。
(3)(a)は、KKKについての説明と1924年の移民法についての説明があれば最低限の説明はできる。
(3)(b)は、1846年に開始された戦争がアメリカ=メキシコ戦争だと分かり、その周辺知識があればほぼ解答の方向性に自由度はないので、比較的容易に書ける。
今回の第2問のなかでは、(1)(b)がもっとも難しいと思われる。
とはいっても、極端に難しい問題はなく、どれも教科書レベルの内容をしっかりと把握していれば解ける問題である。
しっかりと得点しておきたい問題である。
第3問(短答/思想とそれによる変化/標準)
近年は、難しい用語の出題が少なくなっているが、今年も基礎の学習がきちんとできている受験生にとって特に難しい問題はなかったはずだ。
文化史がやや多かったが、教科書レベルなのでミスなく答えたい。
世界史を得点源にしたい受験生にとっては、ミスは許されない。
そうでない受験生もミスは1問までに抑え、9割を確保したいレベルの問題だった。
これから東大をめざす高校生は、一問一答の問題集などを用いた学習をきちんとするようにしたい。
各予備校の解答比較
入試問題が論述式である以上、解答の書き方に絶対の正解があるわけでない。
さまざまな解答を見比べて、良い要素・悪い要素を見つけることも、良いトレーニングになる。
そこで、受験生が多く参照するであろう、河合塾・駿台・代々木ゼミナール・東進の解答を比較していく。
繰り返すが、絶対的に正しいという解答は存在しないので、各解答の良い部分を取り入れていくことが大切である。
第1問
【解答の具体性】
東進の〔解答例2〕は、他の予備校の解答とは違い、各時代を概観するような記述があまりなく、具体的な事項の記述がかなり多い。
おそらく、問題文の「具体的に記述しなさい」という要求を重視してこのような解答を作成したのだと思われる。
しかし、具体的に記述することにこだわるあまり、問題の要求である「冊封体制のあり方と近代における変容」の全体像が見えにくい解答だと感じられる。
また、具体的な政権の名称や事件の名前、人物名などの中には、今回の解答で挙げる必要のないものも多いと感じられる。
他社のような、要所で抽象的な、時代の流れを概観するような解答のほうが良いだろう。
東進の〔解答例1〕も、やや具体的な記述に寄ってしまっている印象である。
【冊封体制の説明】
予備校間で違いがみられる部分を取り上げていく。
河合塾のみ「冊封を受けた国が中国の権威を支配に利用した」ことを書いており、これは問題文の6~8行目に対応する記述であり、非常に良い。
一方で冊封を受けた国の例として、日本や琉球を挙げているが、これは今回の問題では書く必要がないと感じられる。
駿台と代ゼミの解答では、豊臣秀吉の侵攻に際し明が挑戦を支援したことが書かれている。
これは冊封体制における中国と周辺諸国の関係性を示す例として解答に盛り込んでも良い要素だろう。
一方、駿台の解答で触れられている、朝鮮の日本への通信使の派遣、琉球のポルトガル進出による衰退などは、中国とそこまで関係があるわけではないので、触れる必要はないだろう。
【史料Cの使い方】
史料Cは中継貿易で反映する琉球の様子を表す史料であり、ほとんどの解答がそのように書いている。
しかし東進の〔解答例1〕では、琉球の薩摩による支配・日中両属関係と琉球の中継貿易による繁栄が一緒に説明されていてわかりにくくなっていると感じる。
【史料Aの使い方】
どの解答も小中華思想の説明として用いている。
河合塾は、朝鮮の最後の年号を継続したことやベトナムが帝号を用いたことを書いているが、これはやや具体的すぎるかもしれない。
字数に余裕がありそうなら、東進〔解答例1〕や代ゼミのように、清が満州人の国家であったことに触れるのも良い。
【16世紀~18世紀の記述】
代ゼミの解答がかなり具体的な事項を挙げて説明しているのが印象的である。
もちろん、多少触れるのは良いと思うが、ここまで細かく説明する必要はないと感じる。
また、東進の解答では、明から清への交替にかなり解答の冒頭で触れている(史料Aに触れるタイミングが早い)が、時代の流れに沿って、もう少し後ろで触れると良いと思われる。
【近代における変容】
まず、東アジアが条約関係に基づく主権国家体制に転換せざるをえなくなったことを書きたい。
東進の〔解答例1〕ではベトナムの例のなかで説明しており、〔解答例2〕では、指定語句の「条約」をユエ条約や天津条約の一部として使っているが、どちらも良くない使い方だと言わざるをえない。
代ゼミの解答では、中国の対応のなかで使っており、これも今一つな使い方だと感じる。
駿台の解答のように、清が条約関係を結びながらも冊封関係を維持しようとしたことに触れたり、河合塾のように、主権国家体制を明治日本が受容したことに触れたりするのは、個人的にはとても良いと感じる。
【ベトナム】
まず、代ゼミと東進〔解答例2〕が下関条約より後にこの部分を配置しているが、時系列的に下関条約より前に配置すべきである。
史料Bの使い方は、河合塾・駿台・代ゼミ・東進〔解答例1〕のように、阮朝がフランスの進出後も清との冊封関係を維持したというように使うのが自然だろう。
また、フランス側についてあまり触れる必要はない。
【朝鮮】
東進の2つの解答以外は、指定語句の下関条約を用いて、清が朝鮮の宗主権を放棄するまでの流れを説明し、それを冊封体制の崩壊と結びつけている。
このような答案が良い。
第2問
(1)(a)
登場する順番こそ違うが、各社とも内容はほぼ同じである。
(1)(b)
問題に「辛亥革命前後」とあり、わざわざ「前後」と書かれているのだから「前」についても多少触れたい。
東進の解答は辛亥革命前への言及がない。
そのぶん辛亥革命後の説明が丁寧だがやはり辛亥革命前にも一言触れるべきだろう。
- 外モンゴルが独立して社会主義国となったこと
- チョイバルサン
- ダライ=ラマ13世
- チベット独立は認められなかった
の4点は解答によって入っているものと入っていないものがあるが、すべて入れるのが難しいので、書くべき優先順位が高いものから入れていくべきである。
優先順位は、個人的には① = ④ > ③ ≫ ②である。
(2)(a)
東進のみイギリスがエジプト財政を管理下に置いたことの指摘がない。
「エジプト人のためのエジプト」などを削り、イギリスがエジプト財政を管理下に置いたことを書きたい。
(2)(b)
各社とも方向性はほぼ同じである。
載せる単語に多少の違いは見られるが、載せるべきでない単語を載せている解答は特にないので、字数と相談して大切だと思うものを取り上げればよい。
個人的には、クックには触れず、英の流刑植民地だったことを指摘するところから始まるのが良いと考える。
(3)(a)
各社ともほぼ同じであるが、河合塾のみ移民制限の説明が曖昧である。
サッコ・ヴァンゼッティ事件の説明で字数を使ってしまっているので、事件名を挙げるにとどめ、東欧系・南欧系移民の制限とアジア系移民の禁止を丁寧に説明するようにすべきだろう。
(3)(b)
どの解答もほぼ同じではあるが、東進の解答では戦争にアメリカが勝利したことが書かれていない。
書かなくても伝わるかもしれないが、「明白な天命を掲げる」を削除する代わりに、アメリカが勝利したことを書くのがベターだろう。
第3問
予備校による違いはなかったので省略する。
まとめ
以上、2020年度東大世界史解答速報の比較と解説まとめである。
最後に、ここまでの本年度の問題の分析を踏まえて、東大受験を志す高校1・2年生にこれから身につけてほしい力と、そのためにやるべきことを簡単にまとめておく。
【インプット面】
教科書レベルの知識を教科書に忠実に説明できる力
- 遅くとも高校3年生の夏の終わりまでに、山川などの教科書を読み込む
- 世界史用語集や資料集などを適宜参照しながら教科書を読むと有効である
- 一問一答集を用いて用語を定着させる
【アウトプット面】
問題文から問われていることや留意すべきことを読み取り、それに正確に従いながら論理的に記述できる力
- 高校3年生の夏までに、典型テーマの短めの論述(60字~120字程度)を書けるようにする
- 高校3年生の秋までに、典型テーマの長めの論述(300字~600字程度)の練習をする
- ①②がある程度できるようになったら、東大の過去問を用いた演習を行う
また論述答案の作成に関しては、素人が独学でやろうとしても的外れなやり方が身についてしまうおそれがある。
自分である程度採点できるようになるまでは、学校や予備校の先生に頻繁に答案を見てもらうのが一番である。
正しい学習を積み重ねれば、世界史を得点源にすることが可能になってくる。
東大の難易度の高い問題に対応するため、努力を積み重ねていってほしい。